2008年11月09日
ロード 序章 (またまた、あの曲とは・・・)
大きな地図で見る
以前のエントリで400年前の道のことを書きましたが、
今回は少なく見ても1000年前の道のお話。
位山道:石畳を一般公開 「ロマンの道」保護訴え--高山市教委、発掘調査 /岐阜
高山市教委が発掘調査している同市一之宮町(旧宮村)の古代の道「位山(くらいやま)道」(東山道飛騨支路)で見つかった石畳がこのほど、一般公開された。発掘調査を指導した八賀晋(すすむ)三重大学名誉教授(考古学)は、石畳の道が奈良・平安時代に造られたと推定、千数百年を経てよみがえった「ロマンの道」の保護を訴えた。
位山道は、一之宮町から位山峠(1089メートル)を経て下呂市に至る延長約28キロ。東山道は710年の平城京遷都後、東海道、北陸道、山陽道などに分けて駅逓の制度が定められた7道の一つ。文献によると、飛騨支路の呼び名は美濃(方県(かたがた)駅)で、東山道から分かれて飛騨方面への分岐路の一部になるからという。
同市教委は地元の人たちの間で散策道に使われている位山道の範囲や性格、時代などを明らかにするため、昨年8月から一之宮町側の延長約920メートルの区域を発掘。この結果、幅1・5~3メートルの道の地表近くから直径30~60センチの石を敷き詰めた石畳が見つかった。石畳の下には握りこぶし大の石が敷き詰められていた。
市教委によると、物資流通の貴重な道路だったとみられ、石畳は斜面の道が大雨などの出水で流されたり、壊されないようにする目的だったという。田中彰市教委文化財課長は「文化財としての価値があり、地元の人たちに保存会の結成などを呼び掛けたい」と話していた。
毎日新聞 2008年11月6日
大宝律令(701年)で制定された道路制度では、東山道は飛騨国国府から信濃国>越後国へ抜けて
いたとされるのですが(そのルートが安房峠か野麦峠かには諸説あります)、
和銅6(713)年に岐蘇道・・・今の木曽路が開通し、飛騨への道はメインルートから外れました。
が、この道を奈良や京の都に向けて「飛騨の匠」達が行き交ったのはまちがいなく、
宝亀7年(776) 年には美濃国菅田駅(今の下呂市金山町菅田)と飛騨国大野郡伴有(とまり)駅
(今の下呂市萩原町上呂)との間に下留(しもつとまり)駅(音読みで「げる」、今の下呂市下呂)が
できた、という記事が残っています。今も「飛騨街道」と呼ばれる菅田から袋坂峠を抜けて美濃加茂
または関方面へ向かう道が奈良の都へ向かう道だったのでしょう。
続いてかなり時代は下がり、延喜式(927年)では、飛騨支道は美濃の方県駅-武義駅
(今の関市関)-加茂駅(今の下麻生か中川辺のあたり)-下留駅-上留駅-石浦駅となっています。
この場合、菅田を通らず今の益田街道、飛騨川沿いに上り白川口か下油井から加子母・竹原方面へ
抜けるルートが地形から見ても妥当で、何故ここが変わったのかは良くわかりません。
(11/11追記・・・上麻生から菅田へ抜ける道がありますね。こっちを通ったのかな。)
当時は三十里-六十里(今の17-35km位)にひとつの駅を作るように指示が出たそうですが、
加茂駅-下留駅間の距離を見ても分かるように、地形的な制約が相当大きいものです。
で、上呂から位山峠を越えて(よくこの道は大変だと言われますが、当時の道路事情からすると
そんなにキツイ道とは思えません。地形を考えれば当然ここに道が出来るようなルートで、
はるか後、金森時代に久々野<>小坂間の道を大規模改修したことで、はじめてこちらが主要道に
なったほどの道です。)「石浦駅」へもほどほどの距離になるのですが、問題はこの「石浦駅」。
飛鳥時代に今の高山市国府に飛騨国府があった時代ならいざしらず、飛騨国分寺が高山市街に
建立されてからは、石浦駅があったとされる高山市石浦町からは目と鼻の先。
長い旅の末にここまで来たら、もう高山の街に入ったほうがどれほど楽かと思います。
下手をしたら、当時は石浦町から国分寺の七重の塔が見えたのではないでしょうか?
私見では、「石浦駅」は今の高山市宮にあったように思われます。上留駅から谷間をずっと来て
位山を仰ぎ、刈安峠から下に拡がる盆地を見たとき、ここで休憩しようと思うのですが。
水無神社、宮川の伏流水による「鬼河原」など、この地を「石ウレ」と呼ぶにふさわしい条件が
揃っているように思われます。何故その下流が「石浦」になったのかはさておき。
Posted by まこちん。 at 16:11│Comments(1)
│飛騨のニュースから
この記事へのコメント
このエントリで、ようやく10000アクセスを
記録しました。(おっそ~い)
ご覧頂いた皆様、ありがとうございます。
記録しました。(おっそ~い)
ご覧頂いた皆様、ありがとうございます。
Posted by zone
at 2008年11月11日 18:26
