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2008年10月09日

ノーベル街道


今朝の日本テレビ系「スッキリ!!
でも取り上げていましたが、
今回のノーベル物理学賞受賞の
3博士はいずれも名古屋大学の
関係者です。
そして、ノーベル化学賞受賞の
下村博士もかつて名古屋大学の
理学部に在籍しており、
名古屋と富山を結ぶ飛騨の大動脈
国道41号線沿いに縁のある方が
多くのノーベル賞を受賞している・・・
ということで、番組中のコメントでは
「ちょっとこじつけ気味」とか
言われていましたが、
実はこの「ノーベル街道」の話は
岐阜県と富山県が、密かに?
世の中に広めようとしているのです。

こちらが富山県の公式サイト
ここに今回名古屋までを加え、
国道41号線沿いに数多くの
ノーベル賞学者を輩出!
という、半ばお笑いながら?
面白そうな地域おこしかも。

白川英樹教授は高校まで高山で
過ごされましたが、飛騨からも
未来の大学者が出てくると
いいですね・・・  
Posted by まこちん。 at 11:35Comments(0)TrackBack(0)TV・新聞・雑誌などから

2008年10月06日

Watcher of the skies

いささか旧聞に属するニュースを取り上げますが・・・

天文・気象に並々ならぬ関心を持っていた、小学校低学年(!)のワタクシ。
小学2年のときに神岡から高山へ引っ越してきた時、親に頼んで
桐生町にあった高山測候所を見学させてもらったりしました。

その高山測候所も、2005年に自動測定化・無人化が決まり、ずっと桐生町にあった
測候所の建物は、今は解体されてしまっています。



そして今年、乗鞍連峰・摩利支天岳にある有名な「コロナ観測所」が、来る2010年3月をもって
閉鎖されることが決まり、先日までその施設の利用の募集をしていたのですが、なにぶん
大変な場所にある事が災いして、進展は見られなかったようです。

神岡のスーパーカミオカンデ関連施設、大雨見山の京都大学飛騨天文台と並び、
飛騨の天文学施設の象徴であったコロナ観測所がなくなってしまうのは、時代の流れとはいえ
(2006年に打ち上げられた観測衛星「ひので」だと、天候に邪魔されず常時観測が可能です)
さみしいものが有りますが、飛騨には東大・京大といった国立の天文観測施設が集まっていると
いうことは覚えておきたいですね。

6月26日 アストロノーツ記事より

国立天文台の太陽観測施設である乗鞍コロナ観測所は、施設の老朽化が進み環境維持が困難であるため、2010年3月末で観測利用を停止する。これに伴い、国立天文台は同施設を引き継いで利用する希望者を募っている。
国立天文台太陽観測所・乗鞍コロナ観測所は、1949年に東京大学東京天文台の附属施設として北アルプス乗鞍山系摩利支天岳(標高2876m)の頂上に開設された。3つのコロナグラフを備えており、空の背景光が少ない環境を生かして、太陽の外層大気であるコロナを中心に観測を行い、数多くの研究成果をあげてきた。
しかし、開所から60年近くがたち、厳しい自然環境の中、観測設備を含めた建物の老朽化が進み、年々維持運営が難しくなってきた。さらに、冬季は雪に閉ざされ物資や人員の輸送が困難であり、晴天日数も少ないことから1998年以降は夏季のみの観測運用が続いていた。
そのため、今年3月10日の国立天文台運営会議で、2010年3月以降、同観測所における共同利用観測を停止することが決まった。2006年に打ち上げられた太陽観測衛星「ひので」との共同観測による成果をもって、区切りとする。  
Posted by まこちん。 at 14:11Comments(0)TrackBack(0)飛騨の土地のこと

2008年10月02日

長瀬旅館が・・・


前の記事で「急がないこと・・・」と書いた矢先のこのニュース。
Yahoo!のヘッドラインにも出たので、多くの人が見たはずです。

長瀬旅館:250年の歴史に幕 後継者なく 岐阜・高山

 放浪の歌人・若山牧水や、野口雨情、徳富蘇峰ら多くの文人が訪れた
岐阜県高山市の「長瀬旅館」=長瀬雅子社長(47)=が11月末、老朽化と後継者がいないことから、約250年の歴史に幕を閉じる。
国の伝統的建造物群保存地区にある旅館は、日本情緒を求める外国人を引き寄せ、
最近では宿泊客の90%を欧米人が占めていた。
 1700年ごろ造り酒屋として創業し、1754(宝暦4)年に旅館になった。
敷地面積約2000平方メートル、木造2階建てで、8~20畳の客室が1階に9室、2階に2室ある。
1階には滝とせせらぎ、樹木を配した日本庭園が六つ造られ、
すべての客室から四季折々の庭が眺められる。
 著名人が多く訪れ、作家では井上靖や田辺聖子、田中澄江らが投宿。
俳人の山口誓子、建築家のブルーノ・タウト(ドイツ)、エベレスト登頂に成功したヒラリー卿(イギリス)ら
も宿泊した。

 1921(大正10)年9月18日に訪れた若山牧水は「高山では某(長瀬旅館)という旅館が一等いいと云(い)う話を聞いていたので、とぼとぼとその門口へ辿(たど)りついて一泊を頼んだ」と記した。
 11代目当主の雅子さんによると、3年前に10代目の父桂一さんが急死し、
その後は祖母と母純子さん(73)とともに旅館を切り回してきた。
しかし、今年6月に純子さんが体調を崩してしまった。後継者がおらず、建物も老朽化が目立つように
なり、旅館を維持していくことが難しくなったという。
黒字経営で無借金だっただけに、雅子さんは「断腸の思いで選択した」と話す。
 建物は国の伝統的建造物群保存地区にあるため、そのまま残す。
雅子さんは「私の子ども時代、高山にはまだ広いスペースの建物がなかったので
『長瀬会館』と呼ばれ、ダンスパーティーなど多くの催しが行われた」と往時を懐かしんだ。

2008年10月2日 毎日新聞 この記事が内容が一番詳しかったのですが
現社長・長瀬雅子氏の写真の入った記事が読売オンラインに出ています。

しかし、これは残念であり、大きな痛手ですね・・・
欧米の観光客に、特に人気のあった和風旅館だけに、残念です。
例えばこのサイトこのサイトなど見ると分かりますが、海外でも大変評価の高い日本の宿なんですよ。
リンク先の「高山のホテル・旅館」一覧はこちら

幸い先日の老田酒造などと違い、建物は保存されるとの事ですが、外国人観光客に人気の宿が
なくなるのは残念です。
画像にもある「中庭の借景」に「日本の文化」を感じる方が非常に多い、と以前聞きましたが
こちらも今後見られなくなってしまうんでしょうかね・・・  
Posted by まこちん。 at 16:00Comments(4)TrackBack(0)飛騨のニュースから

2008年10月01日

Haste makes waste.(急いては事を仕損じる)


今日から10月、秋の高山祭ももうすぐです。

今年の夏に帰郷して、気の置けない友人との飲み会、高山市街地の中心部に集まった時・・・
「街中を見た?今は外国人の観光客がすごく多くなってきたんだよ」と言われました。
確かにその通りで、道を歩きながら聞き耳を立てれば、英語・韓国語・中国語はもう当たり前。
こちらの記事によると、2006-2007年で外国人観光客は23%増加、今年2008年も
恐らく同じようなペースで増加しているのでしょう。とすると、わずか2年で1.5倍以上に・・・

高山市の公式サイトには、なんと11ヶ国語での紹介が(まだまだ不十分ですが)されています。
ミシュランガイドで3つ星観光地に選ばれた事が影響してるのは間違いありませんが、
ゆっくりしたペースでは有りますが徐々に外国人観光客への対応をしているようですね。

残念ながら世界遺産推薦候補からは外れてしまいましたが、それでかえって良かったのかも。
高山には、性急な事は似合いませんし、そもそも土地柄にも合わないと思います。
しっかり外国人観光客対応への「実力」を養っていってからでも遅くはありません。
今のペースでさえ、客の増加に追いついているようには見えないのですから・・・
高山の学校では「観光客とコミュニケーションをとるための外国語の言い回し」くらい
覚えさせてもいいんじゃないでしょうか。かく言う私も、これまで何度か外国人観光客に
道を尋ねられたり、祭りの事で聞かれたりしています。(主に中学高校の頃ですよ!!)
「国際的な観光都市」としての特色ある教育も、いいんじゃないでしょうか?

例えば祭の屋台。周りの飾りに手を伸ばそうものなら「見張り役」からやんわりとたしなめられる。
日本では、ガイド誌などにも随分この事が紹介されたりしてきたので、
かなりの観光客の方が手を出さなくなってきたように思いますが、
外国人観光客はそのような認識はあまり無い、と思った上での事前手配が必要でしょう。

マルチリンガルでの警告板を作って、屋台前に建てるとか。
とりあえず23個作れば済むわけですから、こんなことくらいは市が費用を出しても良さそうですね。
(でも、これは急いだ方が良さそうかも・・・)

そういえば、私たちの頃は中学生の外出は「体育用のジャージ」でもかまいません、という事に
なっていましたが、あれって外国人観光客が不思議がって(気味悪がって?)高山市に質問した
ことで、ジャージで歩き回るな、という事になったんだそうですね。  
Posted by まこちん。 at 07:02Comments(0)TrackBack(0)飛騨のニュースから

2008年09月29日

山ぶどうの栽培


飛騨の山中で生まれた祖母に小さい頃から連れて行かれたので、
春の山菜、秋の「こけ(キノコ)」などは、難しいものでなければ一通り採る事が出来ます。
今の時期は、東京から帰って「もたせ」や「たいこのばち」を採りに行きたくなって
ウズウズすることも(笑

秋の山の味覚の代表は「こけ」ですが、もう木々の葉も落ち始める10月になると山では時々、
美しく赤・黄色に色づいた大きな葉っぱとともに、紫色のヤマブドウの実を見かける事があります。
私も2,3度ほど、この実を食べたことが有りますが、同じ場所でも年によっては全く出来ないとか
出来ても食べられないとか不安定なもので、次の年はまた収穫できるようなものではないため、
なかなか良い実にはめぐり合えません。
また、深山の場合は、これは熊の大好物なのでバッタリ出くわさないように・・・
という注意を皆必ずされていますので、奥の方へはビビッて入れない事も多くあります。

15年ほど前、親戚の人が簡単な瓶詰めのジュースをくれた事があります。その時、確か知り合いが
栽培をしてて分けてもらったとか聞いた記憶があるのですが、もしかしてココの産のものだったかも・・・
その山ブドウのジュースは、一般のぶどうジュースより少し「山の味」がしたと記憶しています。
でもおいしいんだ、これが。

それにしても、写真のヤマブドウ!栽培種並みの大きさと実の多さですね
ここまで出来るものなのかぁ~


飛騨地域の特産品「山ぶどうワイン 飛騨」の原料となるヤマブドウの収穫が27日、高山市内の農家で始まった。
 ヤマブドウは、11人の農家でつくる「飛騨山ぶどう研究会」が栽培。20年前に農家や県中山間農業研究所、JAひだなどが連携し、飛騨地域に自生するヤマブドウから優良種を選んで栽培が始まった。今年は、会員それぞれのブドウ畑から計6トンほどの収穫を見込んでいる。
 同市山口町の桝田稔さん(79)の畑では、この日朝から収穫作業が行われ、桝田さんらがたわわに実ったヤマブドウを丁寧にもいでいた。桝田さんは「今年も生育は順調。消毒など薬を使う回数をできるだけ減らして育てている。ヤマブドウ本来の自然な甘酸っぱさを楽しんでほしい」と話していた。

岐阜新聞Web 2008年9月28日  
タグ :飛騨紅葉
Posted by まこちん。 at 15:02Comments(4)TrackBack(0)飛騨のニュースから

2008年09月22日

下呂のトイレでうどん


うを、初めて同じ日に2エントリ書きます。それも、この記事が衝撃的だったので・・・

飛騨の人が東京へ出ると、大抵一度はこの話につき合わされます
それが「下呂」の話。
飛騨では「ゲボ」または「ゲーゲー」ですが、関東(標準語)では「ゲロ」のため
「下呂」の名前の付く食べ物やお土産は、関東人にとっては一瞬「引く」ものになります。
当の下呂の人も、それを分かった上で半ば確信犯?で出してるお土産とかありますよね。
「下呂の香り」「下呂自慢」「下呂牛乳(ホントは美味しいよ!)」などなど・・・

さて今回の記事。

新築のトイレでうどん 地元の風習で完成祝う、JR下呂駅前

新設されたトイレの中でうどんを食べる関係者ら=下呂市幸田のJR下呂駅前で

 下呂市幸田のJR高山線下呂駅前に公衆トイレが新設され、21日に記念式典があった。観光関係者らが地元の風習にちなんで、トイレの中でうどんを食べて完成を祝った。
 昔はトイレが離れにある家が多く、冬は脳卒中などを起こす人も少なくなかった。このため、新築の際にうどんをすすって温まり、健康を願う珍しい風習が市内に残っている。
 式典ではテープカットに続き、野村誠市長や伊東祐下呂温泉観光協会長らが中に入り、地元の米・龍(りゅう)の瞳(ひとみ)で作ったうどんを味わった。
 トイレは観光案内所の横に設けられ、総工費は1218万円。これまでは改札を通らずに下呂駅構内のトイレを利用できたが、JR東海が無賃乗車の防止などを理由に方針を転換。同市が6月に工事を始めていた。

2008年9月22日 中日新聞


ええぇ?? 私も飛騨の風俗・民俗を多少は勉強したと思いますが
このような習慣があることは、ついぞ聞いた事がありませんでした。
確か「風呂」を作る時は、うどん食べるという話聞きましたが・・・
(同様の習慣が、うどんの本場・讃岐地方にあります)

どなたか「俺それ知ってる」とか「ウチでやったことある」という方いらっしゃったら、
ぜひ!
その地区名を明記の上、コメントお待ちしています!!  
Posted by まこちん。 at 16:16Comments(4)TrackBack(0)飛騨のニュースから

2008年09月22日

金蔵獅子


金蔵獅子(きんぞうじし)は、飛騨の各地で春または秋に行われる奉納獅子舞芸です。
最も有名なのは、旧国府町(高山市国府町)で行われるもので、県の無形文化財に指定されています。
秋のほうは、毎年9月第3日曜日に上広瀬の加茂神社・諏訪神社境内で行われます。

ストーリーは、各地区によって多少異なりますが、おおよそ次のようなもの。

1)山から降りてきた獅子が、田畑を荒らしたり人に悪さをする。
 #飛騨の場合は猪(北飛騨にはいない)か猿・熊ですよね。それを獅子に託したのでしょう。

2)勇敢な若者「金蔵」が獅子を退治しようとするが、一旦は返り討ちに会い、やられる

3)金蔵に好意を持つ娘が何かをすると、それで獅子の弱点が分かる

4)それを期に金蔵は勢いを盛り返し、ついには獅子を懲らしめてやっつける。

地区によっては、女性の出てこないものもあり、その場合は3)はありません。
このストーリーが、かなりコミカルに描かれます。

春の5月にも行われます。もしどこかで出会ったら、このストーリーを思い出した上で
見て頂くと、一層面白くご覧いただけますよ。歌舞伎や能なども、ストーリーを知ってて見るのと
そうでないのでは、理解度が大違いですよね。


迫力の「金蔵獅子」奉納 高山の加茂神社など

例祭で奉納される県無形民俗文化財の金蔵獅子=高山市国府町で

 高山市国府町上広瀬の加茂神社と諏訪神社で21日、例祭が営まれ、江戸時代から続く県無形民俗文化財の「金蔵獅子」の奉納があった。
 金蔵獅子は、田畑を荒らし回るどう猛な獅子を金蔵がおかめという名の乙女とともに退治する物語。五穀豊穣(ほうじょう)と家内円満を願う。
 氏子でつくる「神道振興会」が奉納。太鼓やすりがねの演奏に合わせて、てんぐの面をかぶった金蔵が剣に見立てた短棒を振り回し、獅子に飛び乗って打ち取る迫力あふれる演技に、観衆から拍手が沸いていた。

2008年9月22日 中日新聞  
Posted by まこちん。 at 15:58Comments(0)TrackBack(0)飛騨のニュースから

2008年09月14日

飛騨百山





ふるさとの山に向ひて  言ふことなし
 ふるさとの山はありがたきかな



    石川啄木 「一握の砂」より抜粋



飛騨に育ち、東京に出てきた自分にとっては、
この詩は物凄く共感できます。
遥か関東の山の頂きから、北アルプスの峰が
ちらと見えた時・・・

「あの向こうは、飛騨の国なのだ」と
想わずにはいられません。

お正月、まだ新宿からの路線バスがなかった頃の話。
名古屋の駅が近づくと、天気の良い年末には
右側に白い山が見える事があります。
それは雪を頂いた御嶽山。木曽川の鉄橋を渡る頃、
それは斜め前に見えていました。

今、高速バスに乗ると、塩尻からの下り、すこしだけ穂高岳や乗鞍岳が見えます。
まだバスの旅はここからが本番なのですが、何かほっとした気持ちが広がる一瞬です。
そして平湯バスターミナルで休憩する時、天気が良ければ必ず北に目をやります。
美しい笠ヶ岳が見えると、「ああ、ここは飛騨なのだな」という気持ちになります。

その後、もう十数年前ですか、「飛騨の山々」という本を入手しました。
この本が、それまでアルプス以外は山ではないと思っていた考えを変えてくれた本です。

神岡の大洞山と二十五山。古川の安峰山。高山の松倉山や源氏ヶ岳。久々野の日ノ観ヶ岳や高屹山
萩原の仏ヶ尾山、下呂の湯ヶ峰。今まで意識しなかった、実はいつも見ている飛騨の山たちが
急に身近に感じられるようになりました。
その他にも、あの山、この山・・・飛騨の至る所にある、山たち。彼女達(山は欧米では女性名詞)が
急に目に飛び込むようになって来ました。

爾来、飛騨へ帰る途中、帰ってきてから、周りの山々を見るのが楽しみになりました。

「ここにして飛騨こそ真の山の国という感が深かった。」

とは、「日本百名山」で深田久弥が乗鞍岳に登頂して、
飛騨の十重二十重の山並みを見たときの感想です。


飛騨山岳会:創立100周年記念 「ふるさとの山 飛騨百山」を出版 /岐阜
 ◇山の魅力と感動を
 社会人の山岳会として国内で最も長い歴史を持つ飛騨山岳会(木下喜代男会長、会員98人)が今年、創立100周年を迎えたのを記念し、「ふるさとの山 飛騨百山」(A4判、194ページ)を出版した。ガイドブックにはない山の魅力と感動を3年の歳月をかけて編集した岳人たちの熱いメッセージが伝わってくる。
 面積の92%が山岳地帯という飛騨地方には約380の山々がある。会は山々を▽標高2500メートル以上の槍ケ岳や穂高連峰などの「飛騨山脈(北アルプス)」▽白山や別山などの「両白山地」▽御嶽山や白草山などの「御嶽と南飛騨」--など5ブロックに分類。会員24人がそれぞれ、思い入れが深い山を選び、3000メートル級の名山から日常生活の場にしている低山まで100山を分担して執筆した。
 「我が心の、人生の山」のサブタイトルで北ノ俣岳(標高2661・2メートル)を紹介した保谷昇さん(58)は、18歳で初めて登った感動がいまも鮮明に心に残っているといい、「あの時、北ノ俣に登っていなかったらいまの私の山(行)はない」などとつづっている。
 また、高山市民憩いの場となっている城山や、下呂市の御前ケ岳(標高663・7メートル)などの低山を紹介。高山植物をはじめ、厳冬の笠ケ岳、飛騨側からの穂高岳などと題した写真を、山岳写真家として知られる小池潜さんらが提供している。版画作家、松見ひろ子さんも挿画で彩りを添えた。
 「ふるさとの山 飛騨百山」は1575円で、2000部を製作した。高山市内の書店で販売しているほか、飛騨山岳会のホームページでもネット販売している。

2008年9月13日 毎日.jp地方版  
Posted by まこちん。 at 14:32Comments(0)TrackBack(0)飛騨のニュースから

2008年09月03日

Google Chrome 使ってみた。


今話題のグーグルが開発したWebブラウザ。
表示スピードが圧倒的に速い!ということで、インストールしてみました。

・・・・なるほど、これはIE、Firefox、Sleipnirなどと比べて相当速いみたい。
MacのブラウザSafariの技術も使われてるんだそうですね。
レイアウト表示も、今の所大きな問題はないようです。
ひだっちブログもしっかり表示されました。写真アップロードの所の表示が独特。

Windows(Vista/XP)のBETA版ダウンロードページはこちら。  
タグ :Web
Posted by まこちん。 at 13:44Comments(0)TrackBack(0)徒然に思ったこと

2008年08月29日

Dark Matter


昨日は、高山でも72mmの猛烈な雨が降ったとニュースで報じていました。
8月下旬の豪雨、というと昔の「飛騨川バス転落事故」が思い出されます。
この時期の飛騨地区、雨による土砂災害には十分ご注意を。

さて今回は、豪雨でもほとんど関係のない、山の地中奥深くのお話。
天文物理学の世界ではすっかり有名になった「カミオカンデ」は、以前のエントリでも取り上げましたが
あちらは「ニュートリノ」を観測する施設。それに加えて、今度の新しい施設が観測するのが
現在、暗黒物質(ダーク・マター)といわれているものです。

今では常識となった「宇宙は膨張している」という、いわゆる「ハッブル理論」
この「膨張している宇宙」が成り立つためには、宇宙の中にはある程度の物質の質量がある、
という計算が(詳しいことはとっても難しいのですが)確実な数式によって導かれます。
ところが、現在観測されている銀河・星雲・星その他の質量を全部足したとしても、
その計算値には全然届きません。計算による理論値の1/10程度なんだそうです。

で、この矛盾を説明するために考え出されたのが「ダークマター理論」です。
簡単に言えば「宇宙には、目にも見えず観測も出来ていない物質が大量にある。だから観測値が
少なくても、計算は合うのだ」という、一見強引な理論です。

実はある時期、「ニュートリノがダークマターでは?」という疑問が出ていました。
発見された当時は「質量が無い=他の物質とぶつかったりして反応しない」といわれていた
ニュートリノ。しかし、それを観測するカミオカンデのデータから「ごくわずかではあるが質量を持つ」
事が確認されたのです。これもカミオカンデの残した大きな業績なんですね。

ところが、これで一件落着・・・とはならず。データから出たニュートリノの質量では、
まだほとんどのダークマターをこれだけで説明できない、つまり「ニュートリノだけでは足りない」
事も判明しました。(これまで考えられていたダークマター総質量の1割程度だそうです)
さあ、そこで「残りのダークマター探し」が始まったわけです。
そのための新施設・・・確か以前は「ハイパーカミオカンデ」と名乗るとかいう話も聞いたように思いますが
またもこの施設で新たな画期的発見がなされ、"KAMIOKA"の名前が天文学や物理学の世界に
残っていくといいですね。

世界初の発見目指す 「暗黒物質」解明へ意欲
観測施設、来夏から本格運用
暗黒物質の世界初の検出を目指して意欲を燃やす鈴木洋一郎教授
 東京大学宇宙線研究所・神岡宇宙素粒子研究施設(飛騨市神岡町)は27日、宇宙に漂う正体不明の物質「暗黒物質(ダークマター)」の解明を目指す観測施設「XMASS(エックスマス)」に使われる神岡鉱山跡の空洞を報道陣に公開した。来年夏から本格運用を始め、世界初の発見を目指す。
 暗黒物質は、宇宙ができた直後にでき、宇宙に存在する全物質の80%を占めると言われる。しかし、光も電磁波も出さないため観測が難しく、詳しい性質は分かっていない。
 この分野は世界でも最先端の研究で、神岡町の神岡鉱山跡にある地下1000メートルのスーパーカミオカンデ近くに、新たに巨大な空洞(奥行き20メートル、高さ、横とも15メートル)を設けた。
 今後、暗黒物質の検出器となる光電子倍増管約650本を入れ、中を液体キセノンで満たした球状の観測装置(直径80センチ)を取り付ける。この装置は、暗黒物質がキセノンの原子核と反応した際に発する光を検出する。検出できる感度はスーパーカミオカンデの1000倍にもなる。
 世界に先駆けて観測できれば、スーパーカミオカンデでの研究とともにノーベル賞級となる。
 同研究施設長で、グループをまとめる鈴木洋一郎・東大教授(58)(宇宙素粒子物理学)は「世界で競争が激しくなっている分野なので、早く検出したい」と意欲を燃やしている。
2008年8月28日 読売新聞)  
Posted by まこちん。 at 13:35Comments(0)TrackBack(0)飛騨のニュースから