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2008年11月06日

七五三と初雪


先日、子供の七五三の祈祷を近くの神社で行って頂きました。

本来は11月15日ということですが、いつも土日というわけではないこと(今年は土曜日)、
その日は混雑が予想されることもあり、我が家も含めて、少し前に行う家庭が多いのではと思います。

以前「旧暦の季節感覚」というエントリを書いた事が有りますが、
ふと「あれ?七五三ってどうなんだろう?」という疑問が湧き、
高山在住の同級生にメールで確認してみると、即返信が。
「高山も、今の時期に七五三の子供をたくさん見かけるよ!」ということで、やはり高山でも
11月15日前に行うのが普通です。はるか昔、自分のときのことを想いだしてみると・・・・・・

・・・・・・やはり秋の寒い時期、半ズボンが寒かった記憶がかすかに残っています。
それと、手にべたついて大変だった「千歳飴」の思い出も。

そこで調べてみると、もともと室町時代から始まった武家の行事が原型のようですね。
江戸時代には徳川家が執り行ったことからスタンダード化し、11月15日という事になったのは
五代将軍・徳川綱吉の息子の祝いを旧暦のこの日に行った事が発祥らしいです
(参考文献:allaboutより)
しかしこの行事が、明治時代に入ってスムーズに新暦の11月15日に移行したのは
もともと季節感に根付いた行事ではなかったためのようです。しかしWikipediaなどには
「北海道や東北の寒冷地では、寒さを避けて10月15日に行う地方もある」という記載があり、
実際今でも北海道では10月に行うのが一般的みたいですね。
確かに、既に初雪の降った札幌などでは、11月15日の行事では子供に風邪引かせるようなものです。
(何故か、必ず男の子は洋服だと半ズボンなんですよね!可愛いんだけど、本人は寒いはず?)
飛騨も既に最低気温が0度近くになる時期ですが、この時期に雪が降ることは大変まれで、
そのため飛騨では11月に行う習慣のままなのでしょう。
飛騨の初雪の平均日を調べたら、なんと「11月15日」!ギリギリなんですな。
初雪の平均日がこの日以前の地域では、おそらく七五三を10月にやる事が多いはずです。
気象と文化が見事に関わりあっている一例・・・でしょうか??

昭和の千歳飴とは違い、平成の千歳飴は手にもくっつかず、あまり硬くもなく。
子供は手や服を汚さず食べていました。親としては、こっちの方がずっとありがたいですね~~  
Posted by まこちん。 at 11:28Comments(2)TrackBack(0)徒然に思ったこと

2008年09月03日

Google Chrome 使ってみた。


今話題のグーグルが開発したWebブラウザ。
表示スピードが圧倒的に速い!ということで、インストールしてみました。

・・・・なるほど、これはIE、Firefox、Sleipnirなどと比べて相当速いみたい。
MacのブラウザSafariの技術も使われてるんだそうですね。
レイアウト表示も、今の所大きな問題はないようです。
ひだっちブログもしっかり表示されました。写真アップロードの所の表示が独特。

Windows(Vista/XP)のBETA版ダウンロードページはこちら。  
タグ :Web
Posted by まこちん。 at 13:44Comments(0)TrackBack(0)徒然に思ったこと

2008年08月19日

Summertime

15日から17日まで、わずか二泊三日の慌しい帰郷でしたが、いやもう忙しいこと。
富山で2泊してから来たので、密度の濃い旅でした。


高山に来る前に、杉原の観光やなに行って来ました。
まだ落ち鮎には早く、子供たちにはただの水遊び。でも楽しかったようです(^^)


その後、さらに四十八滝公園から「しぶきの湯」へ。一日中水遊びのようなものです。

で、実家へ帰って落ち着く暇も無く、同級生達との飲み会へ。(タフだなぁ)
いつも集まってくれる面々、ついに一人欠けてしまいましたが、その悲しみも乗り越えて
ひと時の夏の宴、大いに飲んで騒いで、笑って・・・皆さん、ありがとう。
帰り、空を見上げれば雲隠れの夜半の月でした。




「新井製麺所」のうどん。結婚してから一度も行ってなかったので、かれこれ
十数年ぶりでした。実家から歩いて3分くらいなのに(笑

今食べてみると、味は東京の駅の立ち食い蕎麦(最近はどこもレベル上がってます)と
そんなに変わるわけじゃない。腹をすかせた学生時代に食べた満足感が今も続いているのかな?


子供を母にちょっと預かってもらって、土産の買い物の途中に食べに行った
「高砂」の中華そば。この日は、付けあわせが冷やしトマト!でも食べてみると、チョイ甘めの
高砂のつゆによく合っていました。細くて甘めのメンマは相変わらず、まんぞくまんぞく。


家の近くに無造作に咲いていた、高山市民にはおなじみ「ヘブンリー・ブルー」。
西洋系の朝顔なのですが、すっかり高山の街にも溶け込んでしまいましたね。


一番下の息子を連れて、日枝神社へお散歩。産土神に、チビもここまで育ちました、と
報告がてら? 何時来ても、この参道は心洗われる場所です。

あっという間の高山滞在も終わり、帰る準備をしているとき、空を見上げて、その蒼さに・・・


SEE YOU AGAIN,EVERY PERSONS AND THINGS!!  
Posted by まこちん。 at 19:46Comments(2)TrackBack(0)徒然に思ったこと

2008年08月13日

Homeward Bound



お盆には実家に帰りますが、慌しい日程です。
今年は高山の前に、富山の嫁さんの親の実家でお泊り。なので高山は実質3日弱の滞在。
高山へ着いたその日の夜には早速、いつも集まってくれる同級生との飲み会の予定です。

大学から東京へ出ているこちとら、当然ですが高山の飲み屋には全く無知。
この年で高山在住の友人たちは、もう市内の飲み屋は隅から隅まで制覇している?ためか
毎回、東京と比較してもハイレベルでお洒落な店をリザーブしてくれています。

ところが・・・今回はS君の提案で、煙もうもう立ちこめる?飲み会になるのだそう。
まぁ、今さら格好つけても始まらない、そんな年月を経てきた顔見知りたちです
いつも幹事をしてくれるスタイリッシュなSさん、「ジャージで行こうか?」
その頃はSさんではなかった彼女の、18歳のみぎりの青いジャージ姿・・・
思い出そうとしても、記憶の彼方です。   (まさか、そんな格好で来ないよね!?)

そんな集まりも、また楽し。今年は明るく賑やかに、先日逝った同級生を偲びましょうかね。

次の日は「新井」のうどんでも食べに行こうと思ってますが・・・
その前に朝早く、長男と前から約束していた渓流釣りに行くつもり。(ハードなスケジュールだなぁ)
その帰りにでも、長男と「新井」へ行けるか? (飛騨郎さん、約束できずにスミマセン)

YouTubeは「早く家へ帰りたい」サイモン&ガーファンクル。  
Posted by まこちん。 at 04:01Comments(1)TrackBack(0)徒然に思ったこと

2008年07月27日

あの頃の夏


夏本番の東京、昨日はテレビなどでも紹介される「隅田川花火大会」が催されましたが、
なにせ街中の大会、60万人とも言われるその混み様はハンパじゃありません。

まだ小さな子どものいる我が家は、同日に開催される「立川 昭和記念公園花火大会」へ。

こちらは広い国営公園で行われるのと、多摩の野原の真っ只中、少し離れても良く見えるためです。
近くに住む友人を誘い、程近いショッピングセンターの屋上で(ここにもたくさんの人たちが見物に)
花火を堪能してきました。



階下に降りて一息ついていると、携帯に高山の同級生から着信履歴が。
メールじゃなく電話は珍しいので、子どもがじゃれつくのを捌きながら、
何だろう?お盆の飲み会の話かな?と思って電話してみると・・・

昨年から体調を崩していた仲の良かった高校時代のクラスメイトが、今日亡くなった、と。

花火大会の帰途、高速を運転していると、改めてその悲しみが深まっていきました。
3年ほど前、帰郷の際に飲み会のお誘いに来てくれた彼。その時も久しぶりの再会でしたが
高校時代とちっとも変わらぬその温厚な人格は、酔いを一層良い気分にさせてくれました。
「高校時代はあれでこれで」「いや、あんなこともこんなことも」若く熱かった、昔の話は尽きぬもの。
「また今度、帰ってきたら一緒に飲もうな」 それが最後の再会になりました。
あまりに早すぎる、駆け足の人生を歩んでいってしまった彼の突然の訃報。
今年のお盆の帰省は、すこし淋しいものになりそうです。

この歌は女性から男性への歌ですが、今回は故人を偲び、歌詞を掲載させて頂きます。


君といた夏は 遠い夢の中
空に消えてった 打ち上げ花火   
                       by ジッタリン・ジン  
Posted by まこちん。 at 14:05Comments(0)TrackBack(0)徒然に思ったこと

2008年07月14日

青春の飛騨高山


来る7月19日は、「幕末三舟」のひとり、山岡鉄舟の命日です。
明治21(1888)年没ですから、今年は没後120周年にあたります。
最近はNHK大河ドラマ「篤姫」の影響もあり、「幕末」はちょっとしたブーム。
その中では、割と地味な・・・名前だけは知ってるけど、勝海舟や坂本龍馬、西郷隆盛のような
華々しい人とは違い、何をした人かわからない、という方が多いのではないでしょうか。

実はこの人、「飛騨高山育ち」です。本姓は「小野」、父親は小野朝右衛門高福といい、
弘化2(1945)年から嘉永5(1852)年まで飛騨郡代を勤めた人物です。彼は出世した高齢の父親
(彼が生まれた時、既に父親は60歳を過ぎていた)の四男坊として今の高山陣屋に移り住んでいました。
天保7(1936)年生まれなので、今で言う9歳から17歳、最も物事を吸収する時期を過ごしています。

もちろん「お代官様のお坊ちゃま」、書道・剣道・禅学など、当時の高級武士の身に付けるべき教養は
全て「個人家庭教師つき」で叩き込まれました。書道は当時日本でも指折りの書家として有名だった
三之町出身の(当時の高山の文化水準の高さは、相当なものでした)岩佐一亭に学び、
剣については、何と江戸から北辰一刀流の講師を招いて(お代官!)修行に励んだほどです。
鉄舟といえば「剣・禅・書」の達人として今も名高いのですが、高山時代にしっかり勉強した事が
非常に活きていますね。親の威光を笠に威張り散らすようなこともなく、それどころか高山時代の
わずか満十四歳にして「修身二十則」という言行集を作っています。以下の通り。

一, 嘘を言うべからず
一, 君の御恩忘れるべからず
一, 父母の御恩忘れるべからず
一, 師の御恩忘れるべからず
一, 人の御恩忘れるべからず
一, 神仏ならびに長者を粗末にすべからず
一, 幼者を侮るべからず
一, 己に心よからず事 他人に求めるべからず
一, 腹をたつるは道にあらず
一, 何事も不幸を喜ぶべからず
一, 力の及ぶ限りは善き方に尽くすべし
一, 他を顧して自分の善ばかりするべからず
一, 食する度に農業の艱難をおもうべし 草木土石にても粗末にすべからず
一, 殊更に着物を飾りあるいはうわべをつくろうものは心濁りあるものと心得べし
一, 礼儀をみだるべからず
一, 何時何人に接するも客人に接するよう心得べし
一, 己の知らざることは何人にてもならうべし
一, 名利のため学問技芸すべからず
一, 人にはすべて能不能あり、いちがいに人を捨て、あるいは笑うべからず
一, 己の善行を誇り人に知らしむべからず すべて我心に努むるべし

ね?お坊ちゃまとは思えないでしょ?二十一世紀になって、ますますこの通りだと思っちゃいます。
彼は母の方針で、町人の通う寺子屋に行って、町の子どもに混じって勉強をしていたそうです。
お母様の教育も、素晴らしいですね。

その後父が亡くなり飛騨郡代の職を解かれ、彼は四男坊で実家も継げませんから、
山岡家に婿養子に入り、かなりの貧乏生活を味わっています。その後次第に頭角を現わしていきますが
お坊ちゃまとどん底生活を両方味わっていることも、彼の肝っ玉形成には良かったのかもしれません。

彼の生き方には、私が臨済宗に親しんだこともあり、非常に共感を覚えます。
彼についての資料サイトは、こちらとかこちらなんかが詳しいですね。

彼の墓は、亡くなった東京に有りますが、彼の父母は高山で亡くなった為、高山の宗猷寺に
現存しています。宗猷寺へ行けば教えて頂けますよ。

160年前の飛騨高山で、彼は何を見て、何を聞いて育っていったのでしょうね。
今、高山陣屋の前には、若き日の彼を模した銅像が建立されています。  
Posted by まこちん。 at 16:50Comments(0)TrackBack(0)徒然に思ったこと

2008年05月03日

旧暦の季節感覚


飛騨では、端午の節句は6月5日になっていて、
桃の節句は4月3日、七夕は8月7日と、
暦より一ヶ月遅れて行います。他に東北地方
などでも、同じような風習を守っている場所があります。

これは、「旧暦」の行事の季節感覚に合わせようとして
わざと暦(と書きましたが、正しくは新暦の太陽暦)より
一ヶ月後に行うのです。

皆さんは、何故七夕は梅雨の真っ最中に行うのか、
疑問に思ったことはありませんか?星を見上げる行事を、
何もそんな時期にやらなくてもいいのに、梅雨明けの夏に
やれば良いのに・・・と。

旧暦(明治5年まで日本でも使っていた、太陽太陰暦)と新暦の間には、年や季節によって差があるのですが
おおよそ40日程度、旧暦が早いと思ってもらえば間違いがありません。
旧暦の正月(元旦)とは、今の新暦ではだいたい2月10日頃のことになります。

ここまで読んできて、ピンと来た貴方!
そうです、年中行事というのは、もともと旧暦の日付で設定されているのです。
旧暦の7月7日というのは、新暦では8月17日頃、まさにお盆の頃に当たるんですね。
この頃は天気も安定し、さらにちょうど天高く天の川が昇ってくる季節なのです。
だから桃の節句は、4月13日頃(この頃は、確かに桃の花が咲きます!)であり、
端午の節句は6月15日頃で、この頃に菖蒲の花は見ごろになります。
年賀状に「新春」と書くのは、2月10日頃なら春の兆しが現れてくるから。スゴイ!

寒くて雪深い飛騨や東北地方で、新暦3月3日には露地の桃の花など絶対に咲きません。
それどころか、まだ雪に覆われている地方も多くあります。
そのため、明治になって「では妥協案として、一ヶ月遅れでやろう、そうすれば季節感も
大体合うし、花も咲き出す季節だからなんとかなるでしょう。」という事になったんですね。

ちなみに、春の高山祭りも、明治5年以前は「旧暦の3月14,15日」に行っていました。
今なら4月24,25日頃。そう、ちょうど高山の桜が咲く頃の時期を選んでいたのです。
何故春の祭りは4月14,15日なのか、その理由がこれです。昔の高山の人は風流なんですよね。
花見がてらのお祭。その名残が「ごっつぉのお呼ばれ」に残っています。

これから「旧暦」に気をつけて、行事を見てみると、「だからそうなんだ!」という発見があるかも?

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
古民家に和紙の巨大こいのぼりお目見え 高山
 春の高山市をこいのぼりや五月人形で飾る「第10回飛騨高山端午の節句」が1日、市内60カ所で開幕した。飛騨地方の端午の節句にあたる6月5日まで行われる。
 高山陣屋などの観光名所や旅館、旧家をギャラリーに見立てて、武者人形やこいのぼりなどを展示する観光イベント。春の訪れが遅い同地方では、1カ月遅れて節句を祝うことが習わしとなっている。
 同市上岡本町の観光施設「飛騨の里」では、4棟の古民家でこいのぼりを揚げた。
 また、旧西岡家の家屋内では、同市上一之町の老田酒造店から寄付された和紙製の特大こいのぼりを初めて展示。昭和初期に職人が手掛けた逸品で、全長9・5メートル、目玉の大きさは50センチもあり、訪れた観光客らが驚いた様子で見入っていた。

5月2日 岐阜新聞Web  
Posted by まこちん。 at 11:20Comments(1)TrackBack(0)徒然に思ったこと

2008年04月17日

7月5日


東海北陸道の最後の区間で、
未経験の地層のためトンネル工事が
大幅に遅れた白川郷-飛騨清見ICの
間が、7月5日に開通するとの発表が
ありました。>NEXCO中日本発表
NEXCO中日本さんのブログも
ご参照ください!



これにより、飛騨の道路交通の流れも
大きく変わりますね。
ただ~し、これまで北陸道を回っていた
中京<>北陸往復の車が、東海北陸道に
どっとなだれ込んできますから、交通量が
ケタ違いに多くなります。
今までのようなつもりで運転していると
危なくなるので、お気をつけください。

それにしても、飛騨河合PAの
スマートICって、すごい場所に出来ますね!!
これまで、車で入ろうにも
入っていけなかった場所です。
  
タグ :飛騨高速
Posted by まこちん。 at 13:59Comments(2)TrackBack(0)徒然に思ったこと

2008年04月14日

瓜やなすびの花盛り・・・


そろそろ暗くなり、夜祭の提灯が映える頃・・・
今年は雨も収まり、一安心のようですね。
いつもよりは暖かいみたいやし。
昔出た大祭の時は、14日雪でした。

  
Posted by まこちん。 at 18:16Comments(0)TrackBack(0)徒然に思ったこと

2008年03月29日

スプリング・エフェメラル

早春、まだ草草が枯れているころに可憐な花を咲かせるちいさな草木のことを
こう呼びます。

写真は東京23区唯一のカタクリの自生地
練馬区の「清水山憩いの森」のものです。
携帯で撮影しました・・・そうです、私の自宅
ここから程近い地に住んでいます。
都内にしては、かな~り田舎かも(笑
桜の花とほぼ同時に咲き、今が見ごろです
今日明日は、凄い数の人が訪れます。

ところがこの花、飛騨では結構目に出来ます
なので以前はあまり貴重だと思いませんでした・・・
都会から来る方には、心癒される観光資源になると思います
(群生地を保護することで、乱開発を防ぐことにもなります。
清水山憩いの森は、そのため生き残る事が出来ました)
清見や上宝などには、群生地があるのを知ってますが・・・
面白いことに、高山の市街地の周りには無いんですよね
開発だけではなく、土壌とかそういう条件もあるようです。

先日には、河合で福寿草が咲いたという記事がありました
何気ない場所に咲いている花。もうちょっと宣伝しても・・・と
思いますが、貴重な自然を大事にすることとのバランスが
必要ですね。  
タグ :飛騨観光
Posted by まこちん。 at 11:13Comments(3)TrackBack(0)徒然に思ったこと

2008年03月26日

桜前線

東京は23日に桜の開花宣言が出ました。
画像は携帯での撮影なので、不鮮明ですが・・・(わざとボカしてる?
今朝、通勤途中に写したものです。


これまでの経験上、東京で桜が見ごろになると、約20日後程度に高山まで桜前線が
やってくるようです。今年は、春祭りに桜が咲いていそうですね。  
Posted by まこちん。 at 11:43Comments(0)TrackBack(0)徒然に思ったこと

2008年03月16日

ロード 第一章(と言ってもあのバンドの曲では・・・)

私は学生の頃から、地図を見るのが大好きです。
最近はグーグルアースとかグーグルマップという便利なものがあるので
そいつを良く見てたりします。「地図マニア」のはしくれですね(苦笑


何年か前に出版された「高山の古地図」という本を
持っています。今も購入できます、版元はこちら
この本と現在の高山市街地の町割を比較すると
いろいろ面白い事がわかります。

旧市役所、今図書館のある場所は「馬場町」ですが
これは江戸時代ここに馬の訓練をする「馬場」があったことに
由来する町名です。ですが、この馬場、江戸時代の
初期には別の場所にありました。今、西町の「本教寺」
あたりから桝形橋(只今工事中)に出るところまで、
ずっと南北方向に細長い道が幾つか並んでいるのが
わかりますか?実はここが、「馬場」だったのです。
馬場は馬を走らせながら弓を射る「流鏑馬(やぶさめ)」の
稽古の為、細長い敷地を必要とします。その馬場の用地が
今の馬場町に移転した後、いわゆる民間払い下げになったのですね。
そこに家が立ち並び、今の西町を形成しました。
桝形橋の近くに松の木がありますが、これは「駒つなぎの松」と
称され、昔ここに馬場があった頃に生えていたという、馬を繋いで
置く為の松の木を再現したものです。
一度、このあたりを歩いて見てください。この松の木へ、八軒町から
走ってくる馬の音と息遣いが、聞こえてきませんか??

これは一例ですが、高山の市街地中心部の道路というのは
確認されるだけでも350年以上ほとんどそのルートが変わっていない
道が非常に多い。これは、全国的に見ても相当驚くべき事です。
+城下町のまま明治を迎えた +市街地に既に人が多くいたので
大規模な再開発が行われないまま来た +空襲に遭わなかった
などの幸運?で、この街並みと一緒に「道路」も保存されたのです。

このブログでは、そんな高山の道たちを少しずつ紹介してみようと
思っています。  
Posted by まこちん。 at 23:07Comments(6)TrackBack(0)徒然に思ったこと